トピックス

優柔不断なパイ電子集団の振る舞い

分子物性物理グループ

分子が集積して構成される有機物質は、一般的には電気を流さない絶縁体として知られています。また、プラスティックのように「やわらかい」ことも特徴でしょう。このような電気的絶縁性や機械的な柔軟性のミクロな起源にさかのぼると有機物質の特徴的な電子状態が関わっていることがわかります。また、有機物質の中には、電気伝導性の高いもの、磁性を有するものなど無機化合物同様に電子的機能性を有する物質群もあります。このような導電性を持つ有機物質は、近年、有機発光デバイス、有機トランジスターなどの軽量で「曲がる」エレクトロニクス材料としても注目されています。私たちは、このような有機物質の基礎的電子物性の解明を目指しています。特に、ナノサイズの分子の集積からミリサイズのバルク材料に至る構造的な階層性の中に現れる「優柔不断なパイ電子」の集団的な振る舞いに着目しています。今回は、ガラスの様に振る舞うパイ電子の研究について紹介します。

Fig1_J

図1 分子性有機物質 θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4の結晶構造

図1は、BEDT-TTFと呼ばれる分子で構成された分子性有機物質θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4の結晶構造です。分子で構成された有機物質ですが、周期性を持った結晶となり、BEDT-TTF分子は2次元的に規則正しく配列し電気伝導層を形成しています。この物質の特徴はBEDT-TTF分子が2次元三角格子構造をとることです。このBEDT-TTF分子層をアニオン分子TlZn(SCN)4層が上下から挟み込み交互に積層して3次元結晶となっています。この物質は、室温では高い電気伝導性を示しますが、低温では三角格子上に配列したBEDT-TTF分子上のパイ電子間に働く斥力の相互作用によって電荷秩序という絶縁体状態に相転移します。

パイ電子が示す「優柔不断な性質」の一つが、電荷のガラス化です。ガラス化現象は極めて普遍的な現象で、窓ガラス(ソーダ石灰ガラス)などの構造ガラス以外にも、金属ガラスやスピングラスなど、自然界においてよく現れる現象です。私たちが対象としたガラス状態は、有機物質中のパイ電子が引き起こすガラス化現象で、結晶中の電子が無秩序な配置のまま凍結したガラス状態です。このガラス状態は電子の結晶化が妨げられた場合に生じ、強い電子相関と幾何学的フラストレーションをもった分子性有機物質で観測されます。分子性有機物質 θm-(BEDT-TTF)2TlZn(SCN)4は、私たちが発見した電荷ガラス形成物質です[1, 2]。高温では、パイ電子は遍歴的に運動することができ高い電気伝導性を示します。ゆっくりと低温に冷やしていくと170 Kで電荷が+0。85 価と+0。15 価に分離して周期的に整列した「電荷結晶」状態へと転移します。しかし、50 K/min以上の速さで急冷すると、電子のガラス状態である「電荷ガラス」状態になります(図2(a))。この結晶-ガラス変化が起こる温度領域では、温度を一定に保っていても、時間の経過とともにガラス状態が徐々に結晶化していく過程が電気抵抗の時間依存性として観測されます。この変化は数秒から数時間、数日という電子の振る舞いとしては驚くほど長い時間スケールで起こります。このような電子のガラス化現象は一般的なガラス形成物質と多くの類似点をもつことが明らかになりました。自然界で普遍的に現れるガラス化現象への理解をより一層深めるものです。

Fig2_J

図2 分子性有機物質に現れる電荷液体(高電気伝導状態)-電荷ガラス-電荷結晶(絶縁体状態)状態変化の様子。ガラス化、結晶化には大きな冷却速度依存性があらわれる。

参考文献

[1] S. Sasaki et al., Science 357, 1381-1385 (2017).
[2] 橋本顕一郎、佐々木孝彦、固体物理 53, 745-758 (2018).

ページの先頭へ