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梯子格子における新奇な強相関電子物性

巨視的量子物性グループ

今回は巨視的量子物性研究室の研究を紹介します。

巨視的量子物性研究室では、物質合成を基盤に据えた総合的研究を通して、磁性・超伝導・トポロジカル相などの強相関電子系の物理を研究しています。既存の枠組みでは記述できない新奇な巨視的量子物性を発見することを究極の目標に定めています。

電子のバンド幅の大きさに対して電子間のクーロン相互作用が大きな物質系を強相関電子系と呼びます。電子間のクーロン相互作用が大きな極限では、電子は原子位置に局在するため電気伝導性を示さない絶縁体となります。このような絶縁体はバンド理論から素朴に予測される絶縁体とは区別されモット絶縁体と呼ばれています。モット絶縁体近傍に位置する強相関電子系では、 電子の遍歴性が弱まる代わりに、スピン・軌道・量子位相といった内部自由度が顕在化することで、高温超伝導・磁気誘起強誘電性・巨大磁気抵抗効果・量子異常ホール効果などの劇的な現象が発現することから盛んに研究されています。

今回は、擬一次元はしご構造を持つ鉄系化合物BaFe2X3 (X = S, Se)の超伝導と強誘電秩序の研究を紹介します。この物質は図1(a)に示すように、鉄原子がはしご構造を形成しています。はしご同士が結晶中で離れていることによる強い一次元性を反映して電子相関効果が顕在化し、BaFe2X3 は大気圧下でモット絶縁体となります。これは2005年の発見から集中的に研究されてきた鉄系超伝導体において鉄原子が二次元正方格子上に並んでおり、そこでは電子が遍歴性を示すこととは対照的です。そのためBaFe2X3は鉄系化合物における電子相関効果を研究するための格好の舞台です。実際にBaFe2X3は、 電子相関効果の帰結として磁気秩序を示すことが分かっています。磁気構造は、 BaFe2S3がストライプ型であるのに対して、BaFe2Se3はブロック型反強磁性秩序を示します(図1(b、 c))。

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図1. BaFe2X3(X = S, Se)の (a)結晶構造と (b, c)磁気構造。

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図2. (a)BaFe2S3における圧力下電気抵抗率の温度依存性。高圧下で超伝導転移を示す。
(b) BaFe2Se3における光第二高調波発生(SHG)。255 Kの反強磁性転移温度よりも高温での400 Kで強誘電相転移が生じている。

圧力印加は原子間距離を近づける効果があるため、バンド幅を大きくすることに対応します。電子相関効果に対してバンド幅が大きくなっていくと、モット絶縁体状態は融解し、金属絶縁体転移が生じることが期待されます。BaFe2S3に対してダイヤモンドアンビルセルやキュービックアンビルセルと呼ばれる圧力装置を用いることで10 GPa級の圧力(1 GPaは1万気圧)を印加して電気抵抗率の測定を行った結果を図2(a)に示しています。圧力印加に伴って、 BaFe2S3の電気抵抗が小さくなっていることがわかります。さらに興味深いことに、11 GPa以上の圧力を印加すると電気抵抗は急激に小さくなり金属絶縁体転移を生じるとともに、低温で超伝導転移を示します。金属絶縁体転移近傍では磁気秩序が消失していることから、スピン揺らぎがこの超伝導性の発現に寄与していることが考えられます。しかしながら、鉄系化合物は軌道自由度を持つことに加え、モット転移近傍では電荷揺らぎも大きくなることから、これらの自由度が超伝導発現に寄与している可能性もあります。

類似の化合物であるBaFe2Se3は、 さらに興味深い性質を示します。BaFe2S3が多くの鉄系超伝導体と類似したストライプ型の反強磁性秩序を示すのに対して、BaFe2Se3はブロック型反強磁性秩序を示します(図1(c))。この磁気構造は常磁性相の結晶構造よりも低対称であるため、磁気秩序近傍で結晶構造の低対称化が生じていることが群論による考察から予想されます。このような磁気秩序誘起型の構造相転移はフラストレート磁性体でしばしば観測され、特に結晶に自発的な極性を生じる物質をマルチフェロイックスと呼びます。このように、 BaFe2Se3では低対称な磁気構造に起因したマルチフェロイックス特性が生じることが期待されるため、結晶の極性に敏感な光の第二高調波発生の測定を行いました。その結果400 K付近から光の第二高調波が観測され、実際にBaFe2Se3が極性を生じていることがわかりました。(図2(b))。さらに、電気分極の発生する温度と磁気秩序を生じる温度が大きく離れていることもわかりました。これは、 はしご構造の持つ低次元性によるスピン系と格子系の分離が生じていることを示唆しており興味深い結果です。圧力下の超伝導性とマルチフェロイックス特性との関連を調べることは、将来に残された興味深い研究テーマです。

このように、研究対象となる物質を自分たちの手で育成し、低温・高圧・応力環境下などの様々な条件下で電気的・磁気的・熱的・光学的物性を測定することで、 強相関電子系に潜む新奇な巨視的量子現象の研究を進めています。

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