トピックス

水・プロトン・水素結合の物理

低次元量子物理グループ

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図1

当グループでは、水素結合した系に含まれる水とプロトンが織りなす新奇な現象を研究しています。数多くの生体物質、化学物質、機能性材料が水素結合を有しており、非常にバラエティーに富んでいます。我々の試料保管庫には、さまざまな物質が収められています。まさにギフトボックスです(図1)。そこには、各種ナノ多孔質結晶、超プロトン伝導体(M3H(XO4)2, M = K+, Rb+, Cs+; X = S, Se)などが入っています。さらに、通常廃棄される骨、皮、鱗、カニの甲羅などから抽出したコラーゲン(タンパク質)、キチン(多糖類)、そして、DNAもあります。我々は、こうした系の新たな機能性の創造を目指しています。

ナノ空間、或は生体物質中に閉ざされた水分子は、物理のみならず、化学、生化学、医療、鉱物・地質学、さらには、環境・エネルギー問題などにも密接に関連した学際的な研究テーマです。目下、精力的に研究している分子性ナノ多孔質結晶は、少ないエネルギーで作れ、環境にも優しい物質です。その親水性ナノチャンネル中には、規則的な構造をもつ水分子格子が内包されています。ナノ空間を構成する骨格分子を化学修飾すると、その形状、大きさが容易に変えられます。すると、水素結合で結ばれた水分子格子のつながり方も大きく変わります。いろいろな水分子格子に対して、プロトン伝導性、水分子双極子の秩序化、分子の内包機構、ナノ流体チャンネルとしての機能性を調べています。

最近、18面体、或は14面体のカゴ構造をもつ水ナノチューブに注目しています。メタンハイドレートのカゴ構造と類似な構造をもちますが、大気圧、室温で安定化される点が大きく異なります。新たなエネルギー資源として、深海に眠るメタンハイドレートからメタンだけを取り出し、温室効果ガスの二酸化炭素をトラップする技術が望まれています。ナノ空間物質の活用が期待されており、水ナノチューブにおけるメタン吸蔵の研究を推進しています。また、Xeハイドレートは、メタンハイドレートに比べて低圧で生成されます。Xeは人体に対して全身麻酔として作用しますが、その起源は不明です。約半世紀ほど前、ライナス・ポーリングがXe水和物微結晶により神経伝達が阻害されるモデルを提案していますが、検証されていません。我々は、水ナノチューブ中にXe水和物が形成されることで、プロトン伝導性が著しく阻害されることを確かめました。人体における麻酔効果の解明に向け、新たな一歩を踏み出しました。

地球温暖化を抑えるには、太陽光、風力、地熱など、再生可能エネルギーを活用した発電が望まれます。と同時に、電気の蓄積も必要であり、リチウムイオン電池に代表される2次電池が重要です。その他の手段として、水素と酸素を供給することで、電気を発生する燃料電池も非常に有効です。水が排出されるだけの極めてクリーンな発電が行えます。水を含まない次世代型の燃料電池電解質の開発競争が世界的に激しくなっています。燃料電池電解質は、プロトン伝導体です。その性能は、水素結合した格子系を伝搬するプロトン伝導に支配されています。物性物理学の視点からは、プロトンと格子との相互作用が、重要と考えられますが、長年に渡り未解明になっています。我々は、典型的な超プロトン伝導体M3H(SeO4)2について、プロトン-格子相互作用、プロトンの量子力学的な移動機構、誘電転移機構などを、超広帯域電磁波応答を通じて研究しています。最近、セレニウム(SeO2-)二量体中で生じるプロトン移動には、3種類の機構があることが分かりました。今後、超プロトン伝導転移温度、及び反強誘電転移温度のカチオン(M+)依存性について探り、実用的な燃料電池電解質の設計指針を得たいと考えています。

上で述べた事項を研究するために、交流電場に対する応答を反映した複素伝導率、複素誘電率、及び分子振動、光学遷移に関係した吸光度の周波数変化と、温度変化を測定しています。図2に示すように、低周波~ラジオ波~マイクロ波~テラ波~赤外光にわたる14桁の超広帯域な電磁波応答を調べています。微小試料の顕微赤外分光実験には、高輝度放射光施設SPring-8も利用しています。実験を行う温度、圧力、相対湿度、そして、測定する試料に応じて、いろいろな実験テクニックを組み合わせています。電磁波応答から、水ナノチューブ、生体物質に内包される水分子系の伝導・誘電ダイナミックスが分かります。また、プロトン伝導体では、フォノンにアシストされたプロトン・トンネル、誘電秩序の機構などに関わる情報が得られます。こうした実験結果に加え、第一原理計算、非調和結合計算なども実施して、各種フォノン、分子振動の特性を詳細に調べ、プロトン-格子相互作用の解明を目指しています。

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図2

我々がもつ高周波技術を最大限に活かすため、いろいろな機関の多くの研究者と共同研究を推進しています。私たちの研究室は、従来型の物性物理学研究の枠を超え、学際的な学問分野の構築を目指しています。そして、将来多彩な社会分野に進出できる人材を育てることをモットーに研究教育しています。

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