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原子核物理学の基本法則「荷電対称性」を大きく破る「奇妙な粒子」

原子核物理(ストレンジネス核物理)グループ

 原子核内の陽子や中性子を結びつけている核力は、クォーク間の“強い相互作用”がもととなって生じていますが、実際には複雑で特異な性質をもっています。核力を説明するために湯川博士が生みだした中間子論は大成功を収めましたが、これだけでは核力の性質のすべてを説明することはできません。核力をきちんと理解することは核物理の大きな課題です。
原子核に、もともと存在しないストレンジクォーク(”奇妙な”クォーク)を不純物として入れることにより核力(バリオン間力)の理解を深めることができます。ストレンジクォークを含む原子核はハイパー核と呼ばれます。われわれのグループは、とくにストレンジクォークを含むバリオン(陽子や中性子の仲間)の中で一番軽いラムダ(Λ)粒子を含んだ「Λハイパー核」の精密構造の研究で世界のトップを走っています。
ところで、電荷をもつ陽子と電荷をもたない中性子は電磁相互作用においては大きな違いがありますが、それらに働く核力にはほとんど差がなく、陽子-陽子間の核力と中性子・中性子間の核力はほぼ同じです。そのため、図1左のように陽子の数と中性子の数が入れ替わった原子核(鏡像核という)は、ほぼ同じ質量と性質を持っています。この性質は核力の重要な特徴であり荷電対称性と呼ばれています。この荷電対称性が、Λ粒子によって大きく破れることが最近のわれわれのハイパー核の実験から明らかになりました。
 図1右のように、陽子1個、中性子2個、Λ粒子1個からなる4ΛHハイパー核と、陽子2個、中性子1個、Λ粒子1個からなる4ΛHeハイパー核とは、お互いに鏡像核で、荷電対称性によって質量や構造が同じであると期待されます。しかし、4ΛHと4ΛHeの基底状態のエネルギーが電磁相互作用に起因する分だけでは説明出来ない程度に大きい、ということを示唆する実験結果が1960年代に報告されていました。これが本当ならΛ と陽子、Λと中性子の間に働く相互作用に差があり、Λが陽子と中性子の荷電対称性を大きく破っていることになりますが、この破れを理論的に説明することができないため、60年代の実験結果が本当かどうかを最新の実験技術によって確定させる実験が望まれていました。
Λハイパー核は寿命が100億分の2秒程度しかなく、地球上には自然に存在しないため高エネルギーの加速器を使い人工的に生成する必要があります。われわれ東北大学原子核物理研究室のグループは、ドイツマインツ大学MAMI-C加速器施設(図2左)において、電磁生成ハイパー核の崩壊π中間子分光という新しい手法で4ΛHの基底状態の質量を精密に測定しました。またわれわれは、東海J-PARC 加速器において、ゲルマニウム検出器(図2右)を用いたガンマ線分光法により4ΛHeの励起状態(スピン1状態)の励起エネルギーを精密に測定することにも成功しました。
 これらの研究により、4ΛH 、4ΛHeの基底状態(スピン0)のΛ粒子束縛エネルギーに大きな差があること、さらに励起状態(スピン1)のΛ粒子束縛エネルギーにはほとんど差がないことがわかりました(図1右)。この予想外の結果は、Λのもたらす荷電対称性の破れの原因の解明、さらには核力を含むバリオン間力の理解に向けた大きな一歩となります。今後、4ΛHの励起エネルギーの精密測定、より重いハイパー核の精密測定へと研究を進めていく予定です。

JPN_Fig1
図1 4ΛHと4ΛHeハイパー原子核の荷電対称性の破れ
 
JPN_Fig2
図2 今回の測定を可能にした実験装置。
左:MAMI-CにおけるKaos,Spek-A, C電磁スペクトロメータ。
右:ハイパー核専用ガンマ線測定装置 Hyperball-Jの中心部分。

これらの成果の詳細については以下のページをご覧ください。
マインツ大MAMI-C加速器を用いた4ΛHの基底状態の質量測定については
http://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20150625-3558.html
A. Esser, S. Nagao et al., Phys. Rev. Lett. 114, 232501 (2015).

東海J-PARCにおける4ΛHeのスピン1状態の励起エネルギー精密測定実験については
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/11/press20151125-02.html
T. O. Yamamoto et al., Phys. Rev. Lett. 115, 222501 (2015).
を参照してください。

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