浅賀氏

私はこれまで素粒子統一模型の現象論およびその宇宙物理への影響について研究
してきた。近年のWMAP衛星実験による背景輻射の測定などから現在の宇宙の
姿をより精密に観測することが可能となった。その結果、我々の宇宙は空間的に
ほぼ平坦であり、主な構成物の質量比は暗黒エネルギーが約73%、暗黒物質が
約23%、そしてバリオンが約4%であることが判明した。この現在の宇宙を素
粒子物理の基本法則を用いて理解することが私の研究の主要テーマである。

素粒子標準模型は、重力を除く素粒子間の基本相互作用をゲージ相互作用によっ
て記述する。LEP加速器実験などによる精密測定において大きな成功を収めた
ことから、標準模型はエネルギー約100GeV以下の素粒子現象を説明する理
論と考えられている。しかしこの模型の枠内では、上記した宇宙の主要構成物の
起源が説明されない事が知られている。よって、現在の宇宙を理解するためには
標準模型を超えた素粒子物理が必要となる。

他方、20世紀終わりからスーパー神岡実験をはじめとする様々な実験によりニ
ュートリノ振動現象の観測が報告され、ニュートリノが質量を持つことが示され
た。この実験事実は標準模型と矛盾する。なぜなら、ニュートリノの質量はゼロ
と仮定されていたからである。よって、ニュートリノ質量を説明するためにも標
準模型を超えた物理が必要である。

上記の背景の下、近年私は、素粒子標準模型を超えた物理を探るために、ニュー
トリノ質量の起源と宇宙物理との関わりについて精力的に研究してきた。ニュー
トリノ質量を説明する最も簡単な拡張の一つとして、右巻きニュートリノを理論
に新たに導入する拡張が挙げられる。標準模型構築の時と同様に、ゲージ対称性
を保ち、繰り込み可能な、最も一般的なラグランジアンを考える。すると、ニュ
ートリノに対してディラック質量項だけでなくマヨラナ質量項が自然に導入され
る。我々はこの単純な拡張模型を「nuMSM」(neutrino Minimal Standard 
Model)と名づけた。

最近我々は世界で初めて、このnuMSM模型はニュートリノ質量の問題だけでな
く、宇宙の暗黒物質・バリオン数の起源を同時に解決すること示した。つまり、
keV程度の質量を持つ右巻きニュートリノが宇宙の暗黒物質となること、さら
に、10GeV程度の質量を持つ二つの右巻きニュートリノの振動現象に起因し
て宇宙のバリオン数が生成可能であることを示した。

私の講演では、この研究成果、特にその背景や研究動機に重きを置いて、わかり
やする説明する予定である。